わが袖は 潮干に見えぬ 沖の石の
人こそ知らね 乾く間もなし
わが袖は 潮干に見えぬ 沖の石の
人こそ知らね 乾く間もなし
歌意
私の袖は、引き潮の時でも海中に隠れて見えない沖の石のように、人は知らないだろうけれど、涙で濡れて乾く間もありません。
超現代語訳
私が泣いてるなんて誰も知らないでしょ? 海の底の石みたいに、ずっと涙に沈んでるから。表面上は笑ってるけど、袖はずっと湿ってるんだよ。
この歌を、あなたの言葉で訳してみませんか?
みんなの超現代語訳に投稿する決まり字
わがそ
文法解説
【句切れなし】「わが袖は」で始まり「乾く間もなし」で終わる。「潮干」は引き潮。「石」に「人こそ知らね(人は知らないが)」がかかる。
掛詞
なし
補足解説
二条院讃岐。海中の石が常に濡れているように、私も常に泣いている。誰も気づかないけれど、という隠れた悲しみを石に託した歌。
この歌を練習する
この歌はどんな場面で詠まれたのか
私の袖は、潮が引いても水面に現れることのない沖の石のように、人は知らないけれど、乾く間もない——涙で濡れ続ける袖を詠んだ恋の歌です。
前提として、和歌において「袖が濡れる」は涙を流すことの決まった表現です。涙を袖で拭うため、袖の濡れ具合が悲しみの深さを表します。「乾く間もなし」は、泣き止む間もない、ということになります。
この歌が独特なのは、その比喩に「沖の石」を選んだ点です。
潮が引けば、岸辺の石は姿を現して乾きます。しかし沖の深い場所にある石は、干潮になっても水面下のままです。誰の目にも触れず、しかし確実に、ずっと水に浸かり続けている。
作者はこの石に自分の袖を重ねます。人には見えないところで、ずっと濡れ続けている。「人こそ知らね」——誰も知らない、という一節が、この比喩の要です。悲しみが人目につかない場所にあることが、この歌の主題になっています。
「石に寄する恋」という題
この歌は「石に寄する恋」という題で詠まれたものと伝えられています。
平安末から鎌倉にかけての歌壇では、「〜に寄する恋」という形式の題がよく用いられました。指定された事物に恋心をなぞらえて詠む、という趣向です。この題詠という枠組みがあるため、この歌は実体験の告白ではなく、与えられた課題に対する作品として作られています。
だからこそ「沖の石」という発想の飛躍が評価されました。石という無機物、しかも誰も見ない沖の石に、涙で濡れる袖を重ねる。題から遠く離れず、しかし誰も思いつかなかったところへ届いている。
この一首があまりに有名になったため、作者は「沖の石の讃岐」と呼ばれるようになりました。歌によって異名がつくのは、歌人にとって最上級の評価といえます。
『千載和歌集』恋二に収められています。
詠み手・二条院讃岐について
二条院讃岐(にじょういんのさぬき、生没年未詳)は、平安末期から鎌倉初期にかけての女房歌人です。
父は源頼政。以仁王とともに平家打倒の兵を挙げ、宇治で敗死した武将であり、歌人としても知られた人物でした。
讃岐は二条天皇に仕え、のちに後鳥羽院の歌壇でも活動しました。『千載和歌集』以下の勅撰集に多くの歌が採られています。女房三十六歌仙の一人にも数えられています。