河原左大臣
かわらのさだいじん
平安前期 男性歌人
経歴・人物紹介
平安時代前期の公卿・歌人で、嵯峨天皇の第十二皇子。源の姓を賜って臣籍に降下し、左大臣にまで昇進した。京の六条に豪壮な邸宅「河原院」を構え、陸奥の塩竈の景色を模した庭園を造営したことで知られる。
源氏物語の主人公・光源氏のモデルの一人とも言われるほどの貴公子で、政治家としても文人としても時代を代表する存在だった。
この歌人の百人一首
エピソード・豆知識
「陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし われならなくに」の歌は、陸奥(福島県)の信夫もじずりの乱れ模様のように、誰のせいで心が乱れ始めたのか——自分のせいではないのに、という恋の歌。
源融が造営した「河原院」は、陸奥の塩竈の景色を精巧に再現したという伝説の庭園。融の死後に廃墟となったが、その美しさは後世の文学にも描かれた。宇多天皇が訪れた際に源融の幽霊が現れたという怪談も伝わっている。