三条右大臣
さんじょううだいじん
平安前期 男性歌人
経歴・人物紹介
平安時代前期の公卿・歌人で、三十六歌仙の一人。藤原高藤の子で、宇多・醍醐・朱雀の三代の天皇に仕え、右大臣にまで昇進した。三条に邸宅を構えたことから「三条右大臣」と呼ばれる。
古今和歌集以下の勅撰集に12首が収められており、優美で情感豊かな歌風で知られる。漢詩文の素養も高く、詩・書・歌のいずれにも秀でた文化人だった。
この歌人の百人一首
エピソード・豆知識
「名にし負はば 逢坂山の さねかづら 人に知られで くるよしもがな」の歌は、「逢う」という名を負う逢坂山のさねかずらのように、人に知られずあなたのもとへ来る方法があればと詠んだ恋の歌。「さねかずら」には「さ寝(共寝)」が掛けられている。
藤原氏の中でも道真左遷に関わった政治的激動の時代を生きた人物。右大臣として政治の中枢にいながらも、宮廷文化の担い手としても重要な役割を果たした。