菅家
かんけ
平安前期 男性歌人
経歴・人物紹介
平安時代前期の学者・政治家・歌人。学問の神様として全国の天満宮・天神社に祀られる。漢詩文に卓越した才能を持ち、宇多天皇・醍醐天皇に重用されて右大臣にまで昇進した。
901年、藤原時平の讒言により大宰府に左遷され、翌年その地で没した。死後、京都で相次いだ天変地異が道真の祟りとされ、「天神様」として神格化された。
この歌人の百人一首
エピソード・豆知識
「このたびは ぬさもとりあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに」の歌は、大宰府へ下る途中、奈良の手向山で詠んだ歌。幣(ぬさ)を用意する間もなかったから、紅葉の錦を捧げますと詠んだ機知に富む歌。
「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな」(拾遺集)は大宰府左遷の際の別れの歌として有名。道真が亡くなった後に梅の木が大宰府まで飛んで行ったという「飛び梅」伝説が残る。