貞信公
ていしんこう
平安前期 男性歌人
経歴・人物紹介
平安時代前期から中期にかけての公卿。藤原基経の子で、摂政・関白・太政大臣を歴任し、朱雀・村上両天皇の時代に摂関政治を推進した。兄・時平の死後は藤原氏の棟梁となった。
菅原道真を左遷した兄・時平の策謀には直接関与せず、むしろ道真に対して比較的友好的だったとも伝えられる。政治家としてだけでなく、和歌・書道にも優れた。
この歌人の百人一首
エピソード・豆知識
「小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば 今ひとたびの みゆき待たなむ」の歌は、小倉山の紅葉に、もし心があるなら今一度の行幸を待っておくれと詠んだ歌。宇多法皇が大堰川に行幸した際に詠んだとされる。
「貞信公」は忠平の諡号(おくり名)。関白として藤原摂関政治の基盤を固めた政治家だが、同時に文化的な宮廷生活の担い手でもあった。その子孫から藤原道長・頼通などの全盛期の摂関家が生まれることになる。