壬生忠見
みぶのただみ
平安中期 男性歌人
経歴・人物紹介
平安時代中期の歌人で、三十六歌仙の一人。壬生忠岑(30番)の息子。右衛門府生などの官職を歴任した。古今和歌集以下の勅撰集に40首以上が収められる。
天徳内裏歌合(960年)における平兼盛(40番)との名勝負で歴史に名を刻んだ。恋の歌に特に優れ、情感ある表現が持ち味。
この歌人の百人一首
エピソード・豆知識
「恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか」の歌は、人知れず恋し始めたばかりなのに、もうあの人が恋しているという噂が立ってしまったと詠んだ歌。天徳内裏歌合で平兼盛の「忍ぶれど」と競い、惜しくも敗れた一首。
天徳内裏歌合での敗北をあまりにも悔しがり、その後食を断って衰弱死したという伝説が残る。真偽は定かではないが、それほど歌への情熱を持った歌人として後世に語り継がれている。父の忠岑も古今集の撰者という名家に生まれた。