相模
さがみ
平安中期 女性歌人
経歴・人物紹介
平安時代中期の女流歌人で、三十六歌仙の一人。相模守・大江公資の妻だったことから「相模」と呼ばれた。後に離婚し、宮廷に戻って後冷泉天皇の后・章子内親王に仕えた。
後拾遺和歌集以下の勅撰集に130首以上が収められる多作の歌人。恋の歌に卓越しており、女性歌人の中でも特に情熱的な作風で知られる。
この歌人の百人一首
エピソード・豆知識
「恨みわびほさぬ袖だに あるものを 恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ」の歌は、泣いて乾くことのない袖(涙)よりも、恋の末に朽ちてしまう自分の名声が惜しいと詠んだ歌。恋の苦しみよりも評判を気にする複雑な心境。
「相模集」が現存し、相模自身が詠んだ歌の多くが収められている。恋の歌の名手として平安中期の歌壇では男女問わず一目置かれた存在だった。離婚後も歌人として活躍し続けた強さが、多くの優れた作品を残す原動力となったと言えるだろう。