後京極摂政前太政大臣
ごきょうごくせっしょうさきのだじょうだいじん
鎌倉 男性歌人
経歴・人物紹介
平安時代末期から鎌倉時代初期の公卿・歌人で、三十六歌仙の一人。藤原九条兼実の子で、摂政・太政大臣まで昇進した。新古今和歌集の有力な後援者として撰集事業を支援した。
新古今和歌集に79首が収録された当時屈指の歌人で、独自の「幽玄」的歌風を持ち、定家・俊成女らと並ぶ新古今時代の代表的歌人とされる。
この歌人の百人一首
エピソード・豆知識
「きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣かたしき ひとりかも寝む」の歌は、きりぎりす(コオロギ)が鳴く霜の夜の薄い敷物に、衣片敷きひとり寝ることよと詠んだ孤独の歌。「衣かたしき(衣を片側だけ敷く)」は独り寝の習慣的表現。
38歳の若さで急死したため、その才能の早熟な開花と惜しまれた早世が後世に強い印象を残した。藤原定家は良経を自らの理想的な後援者として深く尊敬し、その死を深く悼んだと日記「明月記」に記している。