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PRちはやふる百人一首勉強ノート

入道前太政大臣

にゅうどうさきのだじょうだいじん

鎌倉 男性歌人
入道前太政大臣の絵札

経歴・人物紹介

鎌倉時代の公卿・歌人。藤原定家の甥で、義弟にあたる。承久の乱(1221年)で幕府側についたことで後鳥羽院に幽閉されたが、幕府の勝利後に復権して太政大臣に昇進した。

西園寺を建立し、北山に豪壮な庭園を造営した。のちの室町幕府3代将軍・足利義満が建立した金閣寺(鹿苑寺)はその跡地にある。京極派歌風の先駆けとして鎌倉時代の歌壇に影響を与えた。

この歌人の百人一首

096

花さそふ 嵐の庭の 雪ならで

ふりゆくものは わが身なりけり

桜の花を誘って散らす嵐が吹く庭では、雪のように花が降っている。いや、古りゆく(年老いていく)ものは、花ではなくて我が身であったよ。

決まり字: はなさ

エピソード・豆知識

「花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり」の歌は、嵐に誘われた花びらが雪のように庭に降る情景を見て、降り積もる(降り→古り)のは花びらではなく自分自身(の年老い)だったと詠んだ歌。

承久の乱での機転ある行動によって幕府との関係を深め、北条家との姻戚関係を利用して公家の中で例外的な繁栄を実現した。現在の金閣寺の場所に広大な北山山荘を持ち、その文化的遺産は室町時代の北山文化にまで続いた。

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