権中納言定家
ごんちゅうなごんていか
鎌倉 男性歌人
経歴・人物紹介
鎌倉時代初期の歌人・歌学者。百人一首の撰者として知られる。父・藤原俊成も優れた歌人で、親子二代で日本の和歌史に巨大な足跡を残した。
新古今和歌集の撰者の一人であり、「新勅撰和歌集」も単独で編纂。歌論書「毎月抄」「近代秀歌」なども著し、和歌の理論的基盤を築いた。
この歌人の百人一首
エピソード・豆知識
百人一首の撰者でありながら、自らの歌(97番)も収録している。「来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ」は、来ない恋人を待ち焦がれる歌で、「松帆の浦」と「待つ」、「藻塩を焼く」と「身も焦がれる」の掛詞が巧みに織り込まれている。
日記「明月記」は鎌倉時代の一級史料として歴史研究にも重要。晩年に小倉山荘で百人一首を選んだとされるが、現在の形になるまでには後世の改変があったとも言われる。