逢ひ見ての のちの心に くらぶれば
昔はものを 思はざりけり
逢ひ見ての のちの心に くらぶれば
昔はものを 思はざりけり
歌意
一度逢って愛を交わした後の切ない心に比べれば、逢う前の悩みなど、物思いのうちには入らなかったのだなあ。
超現代語訳
会う前も好きだったけど、付き合ってからの「好き」はレベルが違うわ。これに比べたら昔の悩みなんて0に等しい。知れば知るほど沼るって、こういうこと?
この歌を、あなたの言葉で訳してみませんか?
みんなの超現代語訳に投稿する決まり字
あひ
文法解説
【句切れなし】「逢ひ見ての」は男女が結ばれた後。「のちの心」は今のつらい気持ち。「思はざりけり」は「(あれは)物思いではなかったのだなあ」。
掛詞
なし
補足解説
権中納言敦忠。恋が成就する前の苦しみなど、成就した後の「会えない時間」の苦しみに比べれば無いも同然だった、という逆説的な恋の真理。
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この歌はどんな場面で詠まれたのか
この歌は「後朝(きぬぎぬ)の歌」と呼ばれる種類の歌です。平安時代の貴族社会では、男性が夜に女性のもとを訪れ、明け方に帰る通い婚が一般的でした。そして帰宅した男性は、その日のうちに女性へ歌を贈るのが礼儀とされていました。これが後朝の歌です。
つまりこの歌は、想いを寄せていた相手とついに結ばれた、その翌朝に詠まれたものとして読まれてきました。「逢ひ見ての」の「逢ふ」は、平安の恋歌では単に顔を合わせることではなく、男女が結ばれることを指します。
『拾遺和歌集』恋二に収められており、百人一首では44番・中納言朝忠の「逢ふことの絶えてしなくは」と並べて配置されています。「逢ふ」をめぐる対照的な二首を、定家が意図的に隣り合わせたと見る説があります。
「昔はものを思はざりけり」の何が新しかったのか
この歌の核心は、時間の捉え方を反転させたところにあります。
普通に考えれば、恋は成就すれば苦しみが終わるはずです。ところがこの歌は逆を言います。結ばれる前のあの苦しい片思いの日々は、今から振り返れば「物思いのうちにも入らなかった」のだと。
なぜそうなるのか。結ばれる前は、相手を知らないぶん、想像の中で恋をしていました。しかし一度結ばれてしまえば、相手の存在は具体的なものになります。次はいつ逢えるのか、心変わりされていないか、自分はどう思われているのか——苦しみの種類が増え、密度が濃くなるのです。
結句の「けり」は詠嘆の助動詞で、それまで気づいていなかったことに今はじめて思い至った、という驚きを表します。「昔は物思いをしていなかったのだなあ」という、自分でも意外だという語調です。この「気づきのけり」が、歌全体に発見の手ざわりを与えています。
詠み手・藤原敦忠について
作者の権中納言敦忠(藤原敦忠、906〜943年)は、三十六歌仙の一人に数えられる歌人です。父は左大臣・藤原時平、祖父は関白・藤原基経という、当時の権力の中枢にいた家系に生まれました。
音楽の才にも恵まれ、琵琶の名手として知られていました。しかし38歳という若さで没しています。父・時平が菅原道真を大宰府へ左遷した張本人であったため、時平の一族が相次いで早世したことを道真の怨霊のしわざとする噂が、当時から語られていました。
短い生涯のうちに残された恋の歌は、いずれも心理の機微をとらえるものが多く、この43番の歌はその代表格とされています。