謙徳公
けんとくこう
平安中期 男性歌人
経歴・人物紹介
平安時代中期の公卿・歌人で、三十六歌仙の一人。藤原師輔の子で、関白太政大臣まで昇進したが在職わずか1年で没した。「謙徳公」は諡号。
古今和歌集以下の勅撰集に50首を超える歌が収録されており、平安中期の歌壇において重要な位置を占める。雅な宮廷文化を体現した公卿の一人。
この歌人の百人一首
エピソード・豆知識
「あはれとも いふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな」の歌は、「かわいそう」と言ってくれる人も思い浮かばないまま、むなしく死んでしまいそうだと詠んだ孤独の歌。権力の頂点に立ちながらもこのような孤独感を詠んだことが興味深い。
関白の地位にあった時期は非常に短く、権力の絶頂で急逝した。その無念さが歌にも滲んでいるとも読める。藤原北家の中でも重要な人物で、その死後に甥の藤原兼家が台頭し、道長へとつながる摂関政治の流れが加速した。