小式部内侍
こしきぶのないし
平安中期 女性歌人
経歴・人物紹介
平安時代中期の女流歌人。和泉式部(56番)の娘で、母譲りの歌才を持つ。上東門院彰子に仕え、若くして歌壇で活躍したが、20代で夭折した。
母・和泉式部の名声に隠れがちだが、自身も優れた歌人として認められていた。
この歌人の百人一首
エピソード・豆知識
「大江山 いく野の道の 遠ければ」の歌には有名なエピソードがある。歌合の場で藤原定頼に「お母さん(和泉式部、当時丹後にいた)に代作を頼む使いはもう出しましたか?」とからかわれた際、即座にこの歌を返して相手を黙らせたという。
「大江山を越え、生野を通っていく道は遠いので、まだ天橋立を見たこともなく、母からの手紙も見ていません」という意味で、「ふみ」に「文(手紙)」と「踏み」を掛けた技巧的な歌。