後鳥羽院
ごとばいん
鎌倉 男性歌人
経歴・人物紹介
第82代天皇(在位1183-1198年)。退位後も院政を敷き、文武に優れた天皇として知られる。新古今和歌集の編纂を命じ、自ら深く関与した。
1221年の承久の乱で鎌倉幕府に敗れ、隠岐に配流された。配流先でも歌を詠み続け、波乱に満ちた生涯を閉じた。
この歌人の百人一首
エピソード・豆知識
「人もをし 人もうらめし あぢきなく」の歌は、人が愛おしくもあり恨めしくもある、という複雑な心境を詠んだ歌。承久の乱を経験した後鳥羽院の人生を知ると、一層深い味わいが感じられる。
後鳥羽院は刀剣にも造詣が深く、自ら刀を鍛えたとされる。「菊御作」と呼ばれる太刀は国宝に指定されている。和歌・武芸・工芸と多方面に才能を発揮した稀有な天皇。