み吉野の 山の秋風 さ夜ふけて
ふるさと寒く 衣打つなり
み吉野の 山の秋風 さ夜ふけて
ふるさと寒く 衣打つなり
歌意
吉野山の秋風が吹き、夜が更けてくると、(かつて都があったこの)古里は寒々と感じられ、衣を打つ(砧の)音が聞こえてくることだ。
超現代語訳
夜更けの吉野山、風の音がマジで怖い。昔は都だったらしいけど、今はただの寒い田舎じゃん。遠くでドンドン音するし、何? 寒さが心に染みるわ。
この歌を、あなたの言葉で訳してみませんか?
みんなの超現代語訳に投稿する決まり字
みよ
文法解説
【句切れなし】「み吉野」は吉野山(美称)。「さ夜ふけて」は夜が更けて。「衣打つ」は砧(きぬた)を打つ音。
掛詞
なし
補足解説
参議雅経(飛鳥井雅経)。寒々とした吉野の里に響く砧の音。聴覚から寒さと寂しさを増幅させる、秋の夜の叙情歌。
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この歌はどんな場面で詠まれたのか
吉野山を吹く秋風。夜が更けて、古びた里は寒く、どこかで衣を打つ音がしている——聴覚で捉えた秋の夜の歌です。
「衣うつ」とは、砧(きぬた)で布を打つ作業のことです。洗った布を木や石の台に載せ、槌で叩いて柔らかくし、艶を出す。秋から冬にかけての夜なべ仕事でした。この砧の音は、漢詩の世界で秋の寂しさを表す定番の題材であり、日本の和歌にも取り入れられています。
「ふるさと」は現代語の故郷ではなく、かつて都が置かれた古い里、荒れた旧地という意味です。吉野は離宮が置かれた由緒ある土地であり、その往時の面影が失われた寂しさが「ふるさと」という語に込められています。
結句の「なり」は伝聞・推定の助動詞です。音が聞こえてくる、という聴覚による推定を表します。姿は見えず、音だけが闇の中から届く——この距離感がこの歌の眼目です。
本歌取りという方法
この歌は、『古今和歌集』にある坂上是則の「みよしのの山の白雪つもるらし ふるさと寒くなりまさるなり」を踏まえた本歌取りとされています。坂上是則は百人一首31番の作者でもあります。
本歌取りは、先行する有名な歌の語句を意図的に取り込み、その世界を背景として響かせながら別の歌を作る技法です。『新古今和歌集』の時代に盛んに用いられました。
この歌の場合、本歌の「山の白雪」を「山の秋風」に、「つもるらし」を「さ夜ふけて」に置き換えています。冬の雪の情景を、秋の風と砧の音の情景に転じたわけです。読者が本歌を知っていれば、雪の吉野の記憶が背後に重なり、歌の奥行きが増します。
視覚(雪)から聴覚(砧)への転換が、この本歌取りの工夫といえます。『新古今和歌集』秋下に収められています。
詠み手・参議雅経について
参議雅経は藤原雅経(ふじわらのまさつね、1170〜1221年)を指します。飛鳥井家の祖とされる人物です。
歌人であると同時に蹴鞠の名手として知られ、飛鳥井家はのちに和歌と蹴鞠を家業とする家柄となりました。源頼朝に重んじられて鎌倉に下った時期があり、京と鎌倉の双方に関わりを持っています。
『新古今和歌集』の撰者の一人に選ばれており、藤原定家・藤原家隆らとともに編纂にあたりました。定家とは撰者仲間にあたる関係です。