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第77首

瀬を早み 岩にせかるる 滝川の
われても末に 逢はむとぞ思ふ

崇徳院の歌

瀬を早み 岩にせかるる 滝川の

われても末に 逢はむとぞ思ふ

川の流れが速いので、岩にせき止められた急流が一度2つに分かれても、また1つになるように、私たちも今は離れ離れでも、将来は必ず一緒になろうと思う。

超現代語訳

今は障害があって別れるけど、激流がいったん分かれてもまた合流するみたいに、絶対また付き合おうね! 復縁前提の別れだから、待っててよ!

この歌を、あなたの言葉で訳してみませんか?

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【句切れなし】「瀬を早み」は川の流れが速いので。「せかるる」はせき止められる。「われても」は水が分かれても(二人が別れても)。
「われても」(割れても・別れても)、「末」(川の末・行く末)
崇徳院。保元の乱で敗れ流刑となった悲劇の天皇。岩にぶつかって分かれる水流を恋人たちの別れに例え、必ず再会するという強い意志を詠む。

この歌はどんな場面で詠まれたのか

流れが速いので岩にせき止められる急流が、いったん二つに分かれてもやがて合流するように、私たちも今は別れても、いつかきっと逢おうと思う——恋の再会を誓う歌です。

上句は川の描写です。「瀬を早み」は「瀬が早いので」という原因を表す形。「せかるる」はせき止められること。急流が岩にぶつかって左右に分かれる、その一瞬の情景が捉えられています。

そして「われても」で、川の話が人の話に切り替わります。分かれた水がやがて一つに戻るように、離ればなれになった二人もまた逢える、と。自然現象を人事の比喩として使う、和歌の基本的な構図です。

ただ、この歌が単なる比喩に終わらないのは、川が「分かれてまた合う」という具体的な動きを持っているからです。単に「また逢いたい」と言うのではなく、目の前で起きる自然の必然として再会を語っている。だから願望が確信のように響きます。

『詞花和歌集』恋上に収められています。

「われても」の掛詞

この歌の転換点は「われても」の一語にあります。

「われて」は、水が「割れて」分かれることと、私たち二人が「別れて」しまうこととを同時に意味します。掛詞です。上句までは完全に川の描写だったものが、この一語で人の話に反転する。橋渡しの役目を一語が担っています。

「末に」も二重に働きます。川の「末」=下流と、時間の「末」=将来。空間の下流と時間の未来が重なることで、川の合流点がそのまま再会の時に見えてきます。

結句「逢はむとぞ思ふ」の「ぞ」は強意の係助詞で、「思ふ」が連体形で結ばれる係り結びです。強く念を押す結びになっており、この確信の強さがこの歌を印象づけています。

なお落語の演目「崇徳院」は、この歌を題材にしたものです。若い男女が交わした歌をたよりに相手を探すという筋立てで、この歌の知名度を高めました。

詠み手・崇徳院について

崇徳院(1119〜1164年)は第75代天皇です。

鳥羽天皇の第一皇子として生まれ即位しましたが、父との確執から譲位を強いられ、その後の政争のなかで保元元年(1156年)の保元の乱を起こします。しかし敗れ、讃岐国へ配流されました。都に戻ることなく、その地で没しています。

配流後、写経を朝廷に送ったところ受け取りを拒まれ、深く怨んだという伝承が残り、日本の代表的な怨霊として語られるようになりました。

一方で歌人としての評価は高く、在位中から歌壇を保護し、歌合を主催しました。『久安百首』を企画したことでも知られています。この77番の歌は、そうした政争の運命とは別に、恋の歌として広く親しまれてきました。

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