💭 片思いの歌
百人一首の恋の歌から 全9首
百人一首の恋の歌43首のうち、相手に思いが届いていない恋や、まだ打ち明けていない恋を詠んだ歌を9首選びました。
平安時代の恋は、噂にならないよう思いを隠す「忍ぶ恋」から始まるのが普通でした。勅撰和歌集の恋の部は恋の進み具合の順に歌を並べるのが習わしで、ここで紹介する歌も9首中6首が最初の巻「恋一」に収められています。
選んだのは、全日本かるた協会と嵯峨嵐山文華館の解説で、片思いや打ち明ける前の恋と説明されている歌です。
心に秘めた恋(忍ぶ恋)
しのぶれど 色に出でにけり わが恋は
ものや思ふと 人の問ふまで
心に秘めてきたけれど、顔や表情に出てしまっていたようだ。私の恋心は。「誰かに恋しているのですか」と人に尋ねられるほどに。
片思いポイント隠してきた恋心が顔に出て、人に「恋でもしているの?」と聞かれてしまった歌です。天徳内裏歌合で41番と最後に競い、勝ちとされました。
恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり
人知れずこそ 思ひそめしか
恋をしているという私の噂が、早くも立ってしまった。誰にも知られないようにひそかに思い始めたばかりなのに。
片思いポイント誰にも知られないよう思い始めたばかりの恋が、もう噂になってしまいました。40番に敗れた歌ですが、『拾遺和歌集』では恋の部の最初に置かれています。
玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば
忍ぶることの 弱りもぞする
私の命よ、絶えるなら絶えてしまえ。このまま生き長らえていると、耐え忍んでいる私の力が弱って、(心に秘めている恋が)人に知られてしまうといけないから。
片思いポイント命よ、絶えるなら絶えてしまえ。生き長らえたら、秘めた思いを隠しきれなくなる——。『新古今和歌集』の詞書は「百首歌中に、忍ぶ恋を」で、「忍ぶ恋」という題で詠まれた歌です。
わが袖は 潮干に見えぬ 沖の石の
人こそ知らね 乾く間もなし
私の袖は、引き潮の時でも海中に隠れて見えない沖の石のように、人は知らないだろうけれど、涙で濡れて乾く間もありません。
片思いポイント引き潮でも見えない沖の石のように、人に知られないまま、涙で袖の乾く間もありません。「石に寄する恋」という題で詠まれ、作者は「沖の石の讃岐」と呼ばれました。
思いを打ち明ける歌
筑波嶺の 峰より落つる みなの川
恋ぞつもりて 淵となりぬる
筑波山の峰から落ちる男女川が、やがて深い淵となるように、私の恋心も積もり積もって深くなってしまった。
片思いポイント筑波山から落ちる川が深い淵になるように、恋心が積もり積もって深くなりました。『後撰和歌集』の詞書によると、光孝天皇の皇女・綏子内親王に贈った歌です。
浅茅生の 小野の篠原 しのぶれど
あまりてなどか 人の恋しき
浅茅が生えている小野の篠原ではないが、いくら忍んでも忍びきれず、どうしてこんなにあの人が恋しいのだろうか。
片思いポイント忍んでも忍びきれず、どうしてこんなに恋しいのか。詞書は「人につかはしける」で、実際に相手へ贈った告白の歌です。
かくとだに えやはいぶきの さしも草
さしも知らじな 燃ゆる思ひを
これほどまでにお慕いしていると、あなたに言うことができようか、いやできない。(伊吹山のさしも草のように)これほど燃える思いを、あなたは知らないでしょうね。
片思いポイント「こんなに思っている」とさえ言えない燃える思いを、あなたは知らないでしょう。詞書は「女に初めて遣はしける」。初めて贈った恋文の歌です。
届かない思い・まだ見ぬ人への恋
みかの原 わきて流るる いづみ川
いつ見きとてか 恋しかるらむ
みかの原を分けて流れるいづみ川のように、いつお会いしたといって、こんなに恋しいのでしょうか。(まだお会いしたこともないのに)
片思いポイントいつ見たというので、こんなに恋しいのか。まだ逢ったこともない相手に恋してしまった不思議を詠んだ歌です。
風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ
くだけてものを 思ふころかな
風が激しいので岩に打ち当たる波が、自分だけ砕け散るように、私だけが心乱れて物思いに悩む今日この頃です。
片思いポイント岩に打ちつけて砕ける波のように、自分だけが思いに砕けて、相手は少しも変わりません。報われない片思いを詠んだ一首です。
歌の出典・詞書の参考: 全日本かるた協会「小倉百人一首フェスティバル2020」札の解説、 嵯峨嵐山文華館「小倉百人一首の全首を見る」
恋の歌をもっと読む
百人一首を練習する
覚えた歌をクイズや札流しで確かめられます
クイズで練習 札流しで練習